福島は今も・・・

2018/06/17

きょうされん福島支援チームの一員として、6月11日から15日まで参加しました。今回、震災後立ち入りが制限されていた浪江町の山間部の一部にも行ってきました。立ち入り(通行)ができるようになったといっても、そこに立ち止まったり、車外に出ることはできません。道路の両側には荒れ果てた田畑や家屋があります。もちろん人の気配はありません。ここは居住制限区域という場所で、日中の一時的な立ち入りはできるものの、そこで生活することはまだ認められていない場所です。

少し山を下ると制限が解除された地域に出ます。新しく建てられたり、改修されたりした家がちらほら見られ、人の姿もわずかですが伺えます。ここは「安全だから生活しても大丈夫」と国が言っている場所です。しかし、安心して生活できるだけの病院やスーパーといった社会資源はほとんどない状況です。

東日本大震災・福島第一原発事故から8年目を迎えました。あの原発事故で、何も詳しい情報がない中で、故郷をはねれなければならなかった人達は、その苦しみを乗り越えようと、必死に、がむしゃらに新しい一歩を踏み出そうとしています。同時に故郷に帰りたくても帰る決断ができず苦しんでいるのも事実です。「安全」と言われても、放射線は識別できません。知識不足かもしれませんが、今は立ち入りが制限されている山の中の落ち葉や土に堆積した放射線が、雨や風で山のふもとに流れ込むことは絶対にないことなのでしょうか?流れて来るうちに少しずつ放射線の濃度が薄くなってくる、これは本当に安全と言えるのでしょうか?住民の皆さんが安心して、安全に暮らせるための正確な情報を伝えるべきではないでしょうか。

8年目を迎え、私たちの多くの人たちの中から、東日本大震災や福島第一原発事故のことが過去のこととして薄れてきています。ニュースや新聞でも、新しく何かができたということは伝えていますが、まだ前に進めていない状況はほとんど取り上げられることはありません。農産物や海産物に関しても、いまだに「福島県産」ということで敬遠される傾向にあります。市場に出回っている福島県産品はきちんと放射線測定検査を受け、安全とされる基準を充たしているものであるにもかかわらず・・・です。

震災が発生し、その直後も、そして復旧・復興が進んできても、最後まで取り残されるのは障害者や高齢者などの社会的に弱い立場にある人たちです。福島県でも復興公営住宅の整備が進み、仮設住宅からの転居が進んでいます。しかし、障害者や高齢者をはじめとする被災した人たちは、入居にあたっての課題や転居後の不安をたくさん抱えています。住み慣れた故郷を追われ、やっと慣れてきた仮設住宅での環境からも離れ、そして今からまた新しく生活を築いていかなければならない不安は、計り知れないものがあります。

私たちには「決して忘れない」「決して一人にしない」「いつまでも寄り添い続ける」ということしかできません。でもこれは誰にでもできることだと思います。

福島の人たちは今も明るく、たくましく、元気に毎日を暮らしています。この1週間で改めて自分の中での思いを確認し、福島の皆さんから元気をもらうことができました。福島の皆さん、南相馬の皆さん、ぴーなっつのみなさんに感謝です。