原点

2018/09/03
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「どんなに障害が重くても、地域の中であたりまえに暮らせる社会を」・・・この言葉はドリームパーク設立の時の原点です。もっと言うなら、「障害の有無に関係なく、誰もが地域の中でお互いに助け合いながらあたりまえに暮らしていける社会」を目指そうというのが原点です。決して誰かが無理するのではなく、できることを、できる人がちょっとずつ助け合うことで、みんなが幸せになれる・・・お互いがお互いのことに思いを寄せれば、お互いを認め合い、尊重し合えばそこに争いごとは生じるはずがありません。

このドリームパークを始める前、障害のあるなかまが地域の中で暮らしていくことについて、ずっと発信し続け、先頭に立ってその道を切り開いた女性がこの長崎にもいました。まだ今のように障害のあるなかまに対する制度や社会資源がほとんど整備されていないころの話です。周りの同じような境遇のお母さんたちに語り続け、行政との交渉も続け、たくさんの壁を一つひとつ超えてきた人でした。我が子に重度の障害があることが分かった時の無気力感から、このままではいけない、何とかこの子をもっと地域の中で普通に暮らしていけるようにしなくてはいけないと思い直し、養護学校(現・特別支援学校)に在学中から卒業後の生活について考え、行政との交渉を続けた結果、長崎市内に重度の障害のある人も通える小規模作業所の設立に至りました。私自身がこの人と関わりを持つようになったのはこのころからです。「医療的なケアの必要な重度の障害があったら何で家にいなくちゃいけんとね。同い年の人と同じようなことを経験する権利があるはずやろ。地域で暮らしていくのに障害は関係ない。そんな場所を作りたかとさ。」それまでも障害のある人に関わってはいたものの、この時の言葉は衝撃的でした。そして自分の視野の狭さを恥じ入りました。この時の言葉を決して忘れることはありません。ドリームパーク設立の原点である「誰もが等しく地域の中であたりまえに安心して暮らしていける地域社会を目指すこと」そのものです。

今日、その彼女が亡くなりました。今の状況が彼女が思い描いていた地域社会なのかどうかは知る由もありません。目指していたのは、もっともっと暮らしやすい地域社会なんじゃなかったのかと思います。彼女が目指していた地域社会を実現するに至らなかったことを今となっては悔いるしかありません。しかしきっと彼女はその姿を見てつぶやくでしょう。「まだまだ。もっともっと。あんたたちは生きているんだから。できることはいっぱいあるはず」その思いにいつか花を咲かせることができるよう、いつも原点に立ち返りながら前に進んでいきたいと思います。

本多さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。